大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 平成8年(オ)1767号 判決

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院東三二九四番地の一

上告人

かも川株式会社

右代表者代表取締役

虫明茂松

右訴訟代理人弁護士

小林淳郎

岡山県浅口郡鴨方町大字六条院中二九六五番地

被上告人

岡山手延素麺株式会社

右代表者代表取締役

横山順二

右訴訟代理人弁護士

丹羽一彦

田中克幸

右当事者間の広島高等裁判所岡山支部平成七年(ネ)第一七六号商標権侵害行為等差止請求事件について、同裁判所が平成八年五月三〇日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立てがあった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

"

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人小林淳郎の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、又は独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 藤井正雄 裁判官 小野幹雄 裁判官 高橋久子 裁判官 遠藤光男 裁判官 井嶋一友)

(平成八年(オ)第一七六七号 上告人 かも川株式会社)

上告代理人小林淳郎の上告理由

原判決には法令違背すなわち法令の解釈適用の誤り、および理由不備、理由齟齬の違法があり、これが判決に重大な影響を及ぼすことは明らかである。すなわち、

第一、

一、 原判決は第三(争点に対する判断)の一(商標権に基づく請求)の1(争点「被控訴人登録商標と控訴人商標との類否」)の(四)(二九頁)において、「被控訴人登録商標と控訴人商標の要部は、右付加的装飾部分を除いた「かも川」(被控訴人登録商標)、「桃太郎かも川」(控訴人商標)の各文字部分にあるものと解するのが相当てあり、前記(三)(6)に認定した「桃太郎」または「ももたろう」の文字標章とこれを図案化した図形標章の一般取引社会における商標としての使用態様に照らして考えると、控訴人商標の一部をなす「桃太郎」の語は修飾的区別用語の域を出ないものというべきである。」と述べる。

しかしながら両商標の要部が各文字部分にあるとの点は首肯できるが、「桃太郎」の語が修飾的区別用語の域を出ないとの判断は、本件判決の結果を左右する決定的な誤りであると言わなければならない。

二、 すなわち、控訴人商標のうち「桃太郎かも川」の文字部分は「桃太郎」部分と「かも川」部分を区別することなく、同じ大きさの同一型態の文字で一体的に表記されたものである。

三、 控訴人商標は「桃太郎」と「かも川」の結合商標であるところ、同じ大きさの同一型態の文字で一連に縦書きされた構成は一体的であり、音数も比較的少ないことから「モモタロウカモガワ」と称呼した場合においても淀みなく一連に称呼し得る範囲にあると言える。

四、 また桃太郎は伝説の主人公として我が国では極めて著名であり、特定の観念を有することは議論するまでもない。したがって、この「桃太郎」の部分のみであっても十分に識別力を生じ得るのであるから、単に「かも川」の枕詞としての役割しかなく、格別、限定的な意味を持たないものとして希薄な印象しか与えない、というような判断は正当ではない。

五、 そして桃太郎伝説においては老婆が川に洗濯に出向いた際に川の上流から流れて来た桃の中から桃太郎が誕生したとされており、「桃太郎」と「川」の結びつきは極めて密接であるため、「桃太郎」と「かも川」の結合には何ら違和感はないのである。

六、 したがって原判決のいう、「桃太郎」の語が修飾的区別用語の域を出ないとの判断は、失当であると言わなければならない。

第二、

一、 原判決は右同(四)(三〇および三一頁)において「被控訴人商標は被控訴人の商品表示として既に一般需要者の間に広く認識されているから、「カモガワ」の称呼を聞いた者は少なくとも被控訴人商品の製造、販売主体としての特定の企業(営業主体)を想起し、観念するものと認められる。」と述べるが、この認定は誤りである。

二、 原判決が第三の一の1の(三)の(2)(二三および二四頁)において認定したごとく、昭和五六年八月七日から上告人は被控訴人商標を使用して営業し、その結果、被控訴人商標のうち「かも川」の文字標章部分は、被上告人および訴外会社と共に上告人の商品表示としても一般消費者によく知られるようになった。

なお原判決は「被控訴人を中心とする企業グループ」が存在したかのような認定をしているが、こわは誤りである。被上告人(被控訴人)が中心であったことはなく、三社は各自独立の営業をしていたものである。

三、 したがって原判決が述べるような「かも川」の称呼を聞いた者が被上告人商品の営業主体を想起し、観念するということはないのである。むしろ、上告人の商号が「かも川株式会社」であるから、上告人の営業主体を想起するのである。

第三、

一、 原判決は右同(四)(三一頁)において「両商標は全体として類似することは明らかであって、…その商品の出所について混同を生ずるおそれがある」と判断したが、この判断は失当である。

二、 すなわち上告人が前記第一と第二項において主張したように、「桃太郎かも川」の文字を含む控訴人商標と「かも川」の文字を含む被控訴人登録商標は全く別異の商標であり、なおかつ「かも川」の文字商標部分が被上告人のみの商品表示として一般消費者に認識されていたという事実はないので、控訴人商標を付した商品が被控訴人登録商標を付した商品と、その出所を混同されることはあり得ないのである。

第四、

一、 原判決は前同(五)(三二頁)において、「「桃太郎」の語と「かも川」の語との間に特に意味上の関連性を感得し得ないから、「桃太郎かも川」は語義においても構成においても、すべてが一体として結合してのみ控訴人商標に独自の識別性が生ずる不可分一体のものと解さなければならない必然性はないものと考えられる」と述べる。

二、 しかしながら前述したように、桃太郎伝説においては老婆が川に洗濯に出向いた際に川の上流から流れて来た桃の中から桃太郎が誕生したとされており、「桃太郎」と「川」の結びつきは極めて密接であるため、「桃太郎」と「かも川」の結合には何ら違和感はなく、両者は意味上の関連性があると言えるのである。

三、 また仮に「桃太郎」の語と「かも川」の語との間に意味上の関連性がないとしても、「桃太郎かも川」の文字は結合商標として、商品または出所の同一性を識別する機能を充分に発揮するものであり、また特許庁も「桃太郎かも川」を結合商標として「かも川」との非類似を認めて、登録している(登録第二四〇四七三八号)のである。したがって結合商標である「桃太郎かも川」の「桃太郎」の文字と「かも川」の文字の間に、特段、意味上の関連性を必要とするものではない。

第五、

一、 原判決は右同(五)(三二および三三頁)において「「桃太郎」の語は余りにも人口に膾炙し過ぎて、かえってその語義が希釈化され、一種普通名称化しているのに対して、「かも川」の語は被控訴人商標が被上告人の商品表示として既に周知性を獲得していることから、一般需要者の注意が「かも川」の部分に集中する。」と述べる。

二、 しかしながら、被控訴人商標が被上告人の商品表示のみでなく、上告人の商品表示としても既に周知性を獲得していることは前述のとおりであり、原判決もそれを認めているところである。

三、 したがって被控訴人登録商標と控訴人商標の類否判断をする場合に、後半の「かも川」の部分のみに注目して、一般需要家に周知しているかどうかを問題にするのは合理的でなく、論理を混同しているものと言わざるを得ない。

四、 「桃太郎」の語と「かも川」の語を客観的に観察した場合、前述したように、「桃太郎」は伝説の主人公として我が国では極めて著名であり、特定の観念を有することは議論するまでもなく、この「桃太郎」の部分のみであっても十分に識別力を生じ得るのであるから、格別、限定的な意味を持たないものとして希薄な印象しか与えない、というような判断は正当ではない。

五、 かえって「かも川」の語は単なる地名とか河川名として、一般需要家にとっては印象の薄いものと考えられるのである。

六、 なお原判決は三三頁九行ないし一一行において「控訴人商品の包装用袋(乙一)でも、自己の商品を「桃太郎」部分を省略して「かも川」または「かも川素麺」と記載している。」と述べるが、これは原判決の完全な誤解である。

乙一包装用袋は上告人が昭和五六年八月七日創立の時から、平成五年一二月一四日の仮処分決定まで使用して来たものであり、この袋に付された商標は被控訴人商標と同一(但し製造会社名は異なる)であり、決して「桃太郎かも川」の文字から「桃太郎」の部分を省略して、「かも川」の文字に縮少したものではない。

第六、

一、 原判決は前同(五)(三一頁以下)において控訴人商標と被控訴人登録商標との類否について検討し、結論として両商標は類似すると判断した(三四頁の六および七行)。

しかし原判決の右判断は失当である。

二、 被控訴人登録商標と控訴人商標の類否判断に当たっては全体観察により、控訴人商標を構成する全体の文字から生ずる外観、称呼または観念によって行なうべきである。ここで原判決における、商標を付した商品取引においてその商品の出所に混同を生じるおそれがあるか否かにより判断すべきである、との前提には異論はない。しかし原判決は、あたかも「かも川」と「桃太郎かも川」との文字のみを抽出して判断しているような論旨になっている。もしそうであれば、これは結合商標として外観、称呼において異なるうえ、観念上も大いに差のあることは両者が独立してそれぞれ登録されていることで明らかである。そのうえ原判決では、登り龍の額縁の図柄につき、上告人、被上告人共に古くから仲良く使用してきた事実、これが麺の業界では慣用の図柄である事実までも無視した違法がある。したがって、両商標は右のように識別力の弱い同様の図柄の額縁の中に文字か入っているのであるが、仮に需要者が文字と図柄とを一体に判断したとしても、なおかつ「かも川」と「桃太郎かも川」は以下のように相違するのである。

三、 すなわち、被控訴人登録商標の「かも川」と控訴人商標の「桃太郎かも川」の外観、称呼および観念を比較すると、先ず六文字から構成される控訴人商標と僅かにその半数の三文字から構成されるに過ぎない被控訴人登録商標とでは文字数が顕著に異なっているため、両商標の外観が相違していることは明らかである。

四、 また控訴人商標から自然に生ずる称呼「モモタロウカモガワ」と被控訴人登録商標の構成から自然に生ずる称呼「カモガワ」とでは音数が顕著に異なっているため、両商標の称呼が相違していることも明らかである。

五、 さらに前述のように全体として桃太郎伝説をイメージさせる控訴人商標「桃太郎かも川」と、京都市の「賀茂川(鴨川)」を始め、千葉県南部の「鴨川市」、岡山県御津郡の「加茂川町」などの地名と同じ称呼のみからなる被控訴人登録商標「かも川」とは観念においても相違していることは明らかである。

六、 よって被控訴人登録商標と控訴人商標とは、その外観、称呼および観念のすべての点で異なっているのであるから、両商標は非類似と言わなければならない。

第七、 よって原判決はすみやかに破棄され、被上告人の請求は棄却されなければならない。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例